• プロフィール

    Hirofumi TAKATA

    Author:Hirofumi TAKATA
    スポーツライター。
    現在『週刊ベースボール』『Baseball Clinic』『熱中!野球部』『野球太郎』『ホームラン』等の各雑誌、スポーツ紙『デイリースポーツ』などにおいて、独立リーグ、高校野球を中心に取材、執筆活動を続けている。
    4月2日生まれ。A型。

  • FC2カウンター

  • FC2オンラインカウンター

    現在の閲覧者数:
  • COUNTER & RANKING

    FC2 Blog Ranking

    バナーをクリックお願いします。

    あと、拍手もよろしく。

  • カレンダー(月別)

    05 ≪│2017/06│≫ 07
    - - - - 1 2 3
    4 5 6 7 8 9 10
    11 12 13 14 15 16 17
    18 19 20 21 22 23 24
    25 26 27 28 29 30 -
  • 検索フォーム

  • 天気予報


    -天気予報コム- -FC2-
  • メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

  • フリーエリア

  • ブログ内検索


--/--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Home | Category : スポンサー広告 |  Comment  |  Trackback
2011/12/16(Fri)

背番号「2」 ~山村裕也、引退に添えて~

四国アイランドリーグplus 2011
2011.12.15. 山村裕也捕手(徳島IS)引退

 徳島インディゴソックスは15日付けリリースで、山村裕也捕手(24歳)から退団の申し出があり、これを受理したと発表した。任意引退となる。
 2010年に徳島IS入団、スローイングの良さと打撃の勝負強さを武器に正捕手となり、5月度の月間MVPを受賞。ベストナインに選ばれた。2年目の今年は開幕戦で左手有鉤骨を骨折し、戦列を離れたが6月に復帰。徳島ISの前期優勝、総合優勝に貢献した。
 10月22日に石川で行われたグランドチャンピオンシップ第1戦の2回裏、捕邪飛を捕球しようとしたプレーで左ひざを負傷した。シーズン終了後に医師の診断を受けたところ、半月板を損傷していることが判明した。手術した場合、復帰まで最低でも半年以上かかること。手術を受けたとしても完治する可能性が未知数であること。捕手というポジション上、ひざを酷使することなどを鑑み、引退を決意することとなった。


『背番号「2」』 ~山村裕也、引退に添えて~

 最後のインタビューとなったのは10月29日、グランドチャンピオンシップ第3戦が終わったばかりのJAバンク徳島スタジアム、一塁側ダグアウトだった。勝負の分かれ目となった二死満塁での捕邪飛落球について、「正直、技術的なものじゃなかった。これを克服しないと」と答え、自尊心をかなぐり捨てて己の精神面の弱さについて吐露していた。
 今にして思うのは、決して「精神面が弱かったわけではない」ということである。あの日、テーピングでガチガチに固められたひざに走る激痛のことなど、これっぽっちも口にしていない。
 だが、まったく言い訳にしなかったひざのケガを理由にグラウンドを去ることになってしまった。
「あしたからウェイトします! これで変わらんかったらクズでしょう! あんだけの経験して変わらんかったら!」
 真っ暗闇となったグラウンドに向けて強い口調で言い放ち、来季への強い意思表明をしていた。しかし、残念なことに二度とマスクを被ることはなくなってしまった。
 ひざに違和感があったのは公式戦終了後、宮崎でのフェニックス・リーグ辺りからである。チーム全体での秋季練習が終わり、横浜へと飛んだ。チームメイトの根鈴雄次(37歳、元エクスポズ3Aほか)とトレーニングに励んでいたが、ひざの痛みがいつまで経っても取れない。引かない痛みに疑問を覚え、一旦地元・大阪へと戻り医師の診察を受けている。
「普通やったら100の痛みが時間とともに減って行くじゃないですか。それが80、70となって、50くらいから引かないんですよ。で、これはおかしい!? ってなって。病院行ったら、『多分、半月板がぐちゃぐちゃになってる。もしかしたらひっくり返ってるかもわからない』って言われて」
 捕手にとってひざのケガは、肩以上に致命的だとも言える。医師は阪神・城島の例を挙げ、「彼もほら、長引いているでしょう?」と言ったという。
 もちろん、現役をあきらめてしまうことは本意ではない。
「そりゃ、野球はやりたいですよ。でも、『他のポジションでやる!』って言ったってムリやし。元々あと1年って決めてたし。親父とも相談して」
 元近鉄の投手であり、現在もNPBで審判員を務める父と話し合った末に決めた決断である。悔しさは残って当然だ。挑もうとしていた壁がそう簡単に越えられないことは、ほかの選手以上に身にしみて知っている。
 首脳陣には12月上旬に打ち明けた。ドラフト会議までに事情を話しておかなければ、来季のチーム編成において迷惑を掛けてしまうことになると思ったからである。そして、徳島ISは捕手2名を新たに指名した。
 アイランドリーガーとしては短すぎる。だが、濃密な2年間だった。
「小、中、高、大と優勝がないんです。前期も1位をなんとか確保するだけの仕事やったんで、後期優勝して独立リーグ日本一になりたいんですよね。それで思いっきりラスト、フェニックスでアピールして、今年1年が終了と」
 9月に取材した際のインタビューでそう語っている。年間総合優勝を経験して終わるだけの選手ではなかった。意識の高さ、ストイックさはNPBへ駆け上がって行った選手とも通じるものがあり、アイランドリーグでのラストシーズンとなるであろう2012年を終え、ドラフト指名されることを大いに期待していた。
 最後のインタビューを終えたあと、もう1つ宣言していたことがある。
「背番号、替えるつもりなんで。『2』で行きます!」
 これまで背負ってきた「29」を「2」に替える。それも来季、NPBへの切符をつかむために「変わる」ための手段の1つだった。背番号「2」を背負い、一回り大きくなった山村の背中を見ることは、ついになくなってしまったが。


山村裕也(やまむら・ひろや)1987年6月24日生まれ、24歳。捕手。184㌢、80㌔。右投げ右打ち。大阪府出身。八木学園高‐大阪商業大‐徳島IS(10~11)。10、11年捕手ベストナイン。入団以来、徳島ISの扇の要としてマスクを被る。今季開幕戦で左手のケガに見舞われ戦線離脱したが、6月に復帰。44試合に出場し打率.319。23打点、2本塁打。徳島ISの年間総合優勝に大きく貢献し、リーグチャンピオンシップMVPを獲得。2年連続の捕手ベストナインに輝いた。




※ 当blogに掲載している文章、写真の無断転用はすべて禁止します。
スポンサーサイト
Home | Category : 四国アイランドリーグplus 2011 |  コメントアイコン Comment2  |  Trackback0

トラックバック ▼


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

コメント ▼


    
  • No Title

    高田さま、こんにちは。お久しぶりです。
    フェニックスリーグでは、毎試合のレポートを楽しませて頂きました。
    今回の山村選手のレポートも、ありがとうございます。
    来年が最後のチャレンジという事だったので、何故だろう?と思っていました。
    膝の怪我だったんですね。
    山村選手、残念だろうな~。

    今年のフェニックスリーグで拝見したけど、ファンの1人でした。
    強肩も魅力だったけど、個人的には捕手としての雰囲気というか、たたずまいが好きでした。
    「良いボールきてるよ」
    「思い切って投げてきて!」 等々・・。大きい声で投手を励ましながら、バッテリーの一体感を感じさせる雰囲気を持つ捕手。
    内角への強気のリードも良かったな~。
    フェニックスリーグで活躍したプレーを見せてもらいました。
    山村選手、ありがとうございました!!






















  • Re: No Title

    >なおなおさん

    地元新聞での発表で知り、非常に驚きました。
    原稿にも書きましたが、根鈴さんと横浜でトレーニング中だと聞いていましたので。
    話をした感じでは納得している感もありましたが、苦渋の決断だったと思います。本人が一番無念でしょう。
    現在発売中の『野球小僧』別冊11月号にも、来季のドラフト候補として彼を挙げさせてもらいました。残念です。

Home Home | Top Top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。