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    Hirofumi TAKATA

    Author:Hirofumi TAKATA
    スポーツライター。
    現在『週刊ベースボール』『Baseball Clinic』『熱中!野球部』『野球太郎』『ホームラン』等の各雑誌、スポーツ紙『デイリースポーツ』などにおいて、独立リーグ、高校野球を中心に取材、執筆活動を続けている。
    4月2日生まれ。A型。

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2006/01/29(Sun)

幸せな瞬間

週末、久し振りにかつての上司だった先輩とメシを食った。
出張帰りの品川駅で落ち合い、その辺の居酒屋に転がり込んで、お互いの近況と〝これから〟を報告し合った。二人が一緒に毎日を過ごした時代を〝あの頃は良かった〟と振り返るにはまだ少し早過ぎる。しかし今いる環境が、かつてのそれとは変わり過ぎていて、もう時代が変わってしまったのだという事を認めざるを得ない。毎日必死に目の前の仕事をこなしていたほんの数年前、実はその頃こそが良い時代だったのだと、今になって気付く。

「体だけはほんと、気ぃつけて下さいよ!」
先輩に一声掛けて、駅のホームで別れた。
「結局、みんな元気で頑張ってくれてたら、それでええよな」
そんな言葉が耳に残った。

人生は続く。
当然、諦める訳にはいかない。
憂う時間はほんの少しでいい。

幸せってどこにあるんだろうと、ふと考えてみた。ガラにもなく。
上を見ればキリがない。現実とのギャップを感じ過ぎて、目の前にある小さな幸せを見落としてしまう事がある。案外幸せな瞬間なんて、すぐそばに転がっているものなのかもしれない。

例えば。
見ず知らずのおばあちゃんの笑顔を、友達と共有できた時だとか。
思いがけず古い友達が、温かい言葉をかけてくれた時だとか。

例えば。
好きなラジオを聞きながらドライブ中に、助手席でうたた寝している彼女の横顔を見た時だとか。
そんな一瞬を、とても幸せな瞬間だと思う。

今のオレが手にする事のできる幸せなんて、そのくらいでしかないのだけれど。
それでも、その瞬間の事は忘れないと思う。
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2006/01/26(Thu)

10年前と10年後

この年明けから、結構ドラマを多く観ている。
『風のハルカ』『アンフェア』『神はサイコロを振らない』『白夜行』『氷壁』『功名が辻』・・・。ドラマを〝よく観るクール〟と〝ほとんど観ないクール〟があって、どうやら今回はよく観る回りらしい。NHKに至っては三作品も観ているのだが、これには我ながら驚いている。一番ハマっているのは文句無しに『白夜行』で、続いて『氷壁』、『風のハルカ』の順である。
★★★ 忘れてたっ!テレ朝の『時効警察』!これはおもろいっ!

日テレ系水曜22:00~の『神はサイコロを振らない』は少しSFっぽい設定の物語だ。
10年前に謎の事故で消えた航空機402便が、突如長崎空港上空に現れた。中から降りて来た乗客、クルーは10年前のまま。事故機の副機長・木内哲也(山本太郎)の恋人だった東洋航空グランドホステスの黛ヤス子(小林聡美)は事故当時28歳だったが、再会した今では38歳になっていて・・・。
そんな感じで物語が進んで行く。

昨夜、第二話を観た。確かに現実味の薄いシチュエーションではあるのだが、まぁそれは置いといて。
劇中、〝10年〟という時間が大きなキーワードとして何度も登場する。10年前と10年後、少し自分自身に置き換えてみる。10年前、オレは社会人4年目の26歳。営業で四苦八苦していた頃だ。ドラマのWebサイトを覗いてみると〝10年前のわたしからの質問〟が掲載されていた。答えてみる。

10年前に愛していた人を、今でも一番愛していますか?
いいえ。結婚されたので。

10年前にがんばっていた仕事を、今も続けていますか?
いいえ。見事に変わりました。

10年前いつも一緒だった友達は、今も一番の親友ですか?
はい。〝友達〟とはオレの中でそういうものなので。10年くらいで変わってしまうような関係は友達とは言わない。

10年前泣いた映画で、今でも泣けますか?
どうでしょう?昔号泣した『風、スローダウン』(1991)をビデオで観て、全然泣けなくてショックだったという事がありましたが・・・。

10年前楽しみだった誕生日は、今も楽しいものですか?
いいえ。全く。

10年前に星を数えた夜空を、時には見上げていますか?
はい。たまにそんな事もあります。夜空は10年前となんにも変わらないねぇ。

10年前にしていた恋のように、今もトキメクことはありますか?
おかげさまで。

10年前になりたかった自分に、今なっていますか?
いいえ。ある意味〝Yes〟なのかもしれませんが、何も達成できている訳じゃないので。

10年前に探していた自分の居場所は、みつけられましたか?
いいえ。ますますなくなってしまった様な気が・・・。

10年前の正義感や情熱を、今も持ち続けていますか?
情熱は変わらずあると思うけど、正義感が・・・ねぇ・・・。

この10年間、精一杯生きましたか?
はい。力を抜いて生きてきたという事は無いと思います。

※ 日テレWebサイト内『神はサイコロを振らない』TOPページより抜粋

〝1996年なんて、ほんのこの間だよなァ〟
とつい思ってしまうのだが、10年という時間が過ぎて行った間には、自分にも周りにもとても多くの変化があった事に気付かされる。得たものと失ったもの、それぞれあるし、全く変わっていないものなんてそれこそ星空くらいしかないんじゃないか、と思う。26歳のオレが36歳のオレの姿を予想して的中させる事はまず不可能だ。生活する場所、仕事、人間関係、みんな大きく変わっている。まさか暮らす事になるなんて思いもしなかった東京に住み、名刺もまったく違ったものになった。毎日顔を合わせ、すぐ隣で仕事していた人達も今はバラバラだ。

生活も変わった。インターネットに初めて触れるのはこの年の秋、猿岩石がユーラシア大陸のどの辺りにいるのかを知る為にアクセスするのが初めてだし、メールはもちろん携帯電話もまだ使っていない。

〝10年後なら結婚くらいしてるでしょ!〟
という希望的観測も見事にはずれた。まさか10年後の自分がこんな風だとは夢にも思わなかった。誰かから
「あなたの10年後はこうなんですよ」
と教えられたとしても、まるで信じなかっただろう。

精一杯生きてきた結果が今の自分であるし、幸い取り返しのつかない大失敗もしていない。だから特に大きな後悔もしていないのだが、このドラマみたいに突然タイムリープしてしまったとしたなら、オレは一体どうするだろうか。10年後に行くよりは10年前に行った方がいい。じゃあ10年前の自分にもし会ったとしたなら、オレはヤツに一体何を伝えるだろうか。

「あの女はやめとけ」
くらいの助言は与えるかもしれない。しかし、そんなに伝えるべき事も無い様に思う。未来に失望させてしまうのは可哀想な気もするし。

26歳のオレに今会うと、やはり全然子供に見えてしまうのだろうか。いやその前に、26歳のオレは36歳のオレを見た時、とても不安な気持ちに苛まれるのだろうか。じゃあ46歳のオレは36歳のオレを見た時、一体どんな事を考えるのだろうか。
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2006/01/22(Sun)

雪の記憶

今年の大雪に関するニュースは見ていて本当に気の毒だと思う。だからあまり呑気な事も言えないのだが。

南国と呼んでもいいと思う。ほとんど雪の降らない、降ったとしても一年に一回か二回、ほんの少し積もるくらいが関の山の四国に生まれた。いわゆるウインタースポーツももうほとんどやらなくなってしまったので、雪のある光景はオレにとってかなり特別なものに映る。自分が暮らす街に雪が積もっている光景なんかを見ると、気持ち三割増しくらいテンションが上がる。

昨日今日と、東京地方は真っ白に染まった。
この冬、東京で雪が降る様子をまだ目にしていなかった。実は年末に一度舞ったそうで、
「トヨタカップやってる時、国立の中継で降ってた」
という話を友達から聞いた。その日はサッカーを観ずに『4 biohazard』で大統領の娘を救出する事に精一杯だったので、まったく気が付かなかったのだ。

雪国、富山出身のミシェルに言わせると、土曜日の東京の絵は
「これ、十分雪国」
だったそうだ。顔に散弾銃のごとく浴びせられる雪の冷たさに、かつて過ごした故郷の記憶がまざまざと蘇って来たらしい。

1838-2

夜半頃まで降っていた雪は、21時を過ぎた頃にはもうすっかり止んでいた。
雪も上がったことだし、さて買出しにでも行くかと夜道に出た。マンションの玄関を出て目の前の坂を下り、高速道路の高架下をくぐって、今度は100mほど続くなだらかな坂を上る。するといつも晩御飯を仕入れているスーパーマーケットに辿り着く。道路の凍結はまだ始まっていないが、シャーベット状になった雪に邪魔されてかなり歩きづらい。道路脇に寄せられた雪も結構な量で、後ろから来る車を避ける為に端へと寄る度靴が濡れ、嫌な思いをした。

買い物を終えて店から出た。
広いスーパーの駐車場を見渡せば、アスファルトのほとんどが白く覆われている。街灯の灯りが雪に反射していて、いつも見る暗闇よりも少しだけほのかに明るい。
〝あ、この感じ・・・〟

もう雪山にも7、8年行っていない。
〝あぁ、スキーに行った時の夜ってこんな感じだよなぁ〟
なんて。
忘れていた記憶が蘇って来て、ちょっと懐かしくなった。
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2006/01/15(Sun)

一年前

この話をアップしようとしたのは一年前の今日、1月15日である。
話の主人公の彼女に掲載の是非を確認した際、
〝今はまだ悲しすぎるので・・・〟
という理由で、公開するのを少し待って欲しいと言われた。

あれから一年経った。

まさか一年の内に後輩を二人も失う事になるとは夢にも思わなかった。
彼の事を思い出す意味でも、改めてここに載せたいと思う。



『いつか』

彼女が香港へ遊びに行ったのは11月の終わりのことだった。
豪華なホテルのスィートルームに泊まり、買い物や食事を思い切り楽しんだ。香港には会社の先輩が赴任していて、以前から
「オレがこっちにいる間に遊びに来い」
と誘われていた。
約束を果たし香港にやって来た彼女に、彼は食事をごちそうしてくれた。

二人の共通の先輩にあたる女性がいる。
既に退職していて会社にはいないのだが、一昨年に結婚してもうすぐ出産を控えている。
その先輩の話題になった。

「わたし絶対男の子やと思います」
「いや、絶対に女の子やって!賭けてもええ」
「なんでですか?」
「勘や。でも、絶対女の子に間違いない」

〝女の子が産まれる〟と言って、彼は譲らなかった。
仕事柄、国際電話で彼と先輩が言葉を交わすことはよくあったのだが、彼女が退社してからは直接顔を会わすことも、連絡を取ることももう無くなっていた。彼がなぜそれほどまで自信たっぷりに断言するのか、彼女にはまったく解らなかった。
その夜、赤ちゃんが産まれたら、はずれた方が日本で食事を奢ることを約束した。

彼が倒れたのは12月の初旬、出張で訪れていた東京でのことだった。くも膜下出血だった。
すぐに病院に担ぎ込まれ、手術が行われた。
手術は無事、成功した。
まだ31歳と若い彼には体力もあり、回復も早かった。年が明けてからは、見舞いに来た友人達と冗談が言えるまでになった。

新しい年が動き始めた仕事始めの日の朝、彼は突然息を引き取った。
急性心不全らしいが、詳しい事はよく解らなかった。最悪の状況に陥る様な兆候など全く無かったのだ。あまりにも突然の出来事で、彼の妻も、子も、両親も、そばにはおらず、誰も最期を看取ることはできなかった。
第一報はすぐに仲間達の間を駆け抜け、誰もが耳を疑った。

訃報を職場で聞いた彼女も愕然とした。もう仕事どころではなくなった。
情報が無い。詳細を尋ねても納得できる様な答えを持っている人間がいない。重苦しい空気だけが漂っていた。
思い出すのは香港で見た彼の笑顔だった。まだあれはほんの一ヶ月前のことだ。あの時、香港で彼と一緒に写真を撮らなかったことが悔やまれて仕方なかった。伝えたいことが胸の中には山ほどあるのに、もう伝えられなくなってしまったと思うと涙が止まらなくなった。

彼の実家がある西宮で、葬儀はしめやかに行われた。大勢の人々が若すぎる彼の死を悼み、涙した。澄んだ青い空に白い雲が浮かぶ、よく晴れた冬の日に彼は旅立って行った。

葬儀から一週間が過ぎようとする頃、彼女の携帯に一通のメールが届いた。先輩からだった。
〝今日、無事出産しました〟
生まれた赤ちゃんは、元気な女の子だったそうだ。彼との約束を思い出した。

〝なんでわかってたんやろ?〟
いつか彼と再会できた時、教えて欲しいと思うことが彼女の中にもう一つ増えた。
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2006/01/13(Fri)

沖縄に行くんじゃろ?

神戸に住むminiちゃんは年明け、立て続けに二本邦画を観てきたそうだ。
『ALWAYS三丁目の夕日』と『男達の大和/YAMATO』である。

『ALWAYS・・・』は昨年の内にオレも観た。昭和33年という時代設定は、ウチの両親なんかが観るとかなりハマるんじゃないかと思うところで、
〝高々47年前なのにここまで違うか!〟
というのは新鮮な驚きだった。
本来の泣かせどころとはちょっと違うのかも知れないのだが、堀北真希演じる六ちゃんがなかなか良くて、釣られて『野ブタ。をプロデュース』も観た。どうやらしっかり野ブタ。パワーを注入されたらしい。

『男達の・・・』の方は観ていないのだが、実は年末から頻繁に流されていた予告CMがもの凄く気になっていたのだ。
女の子が叫ぶ
「大和は沖縄に行くんじゃろ?・・・死んじゃらいけぇーん!」 ♪clo~se your ~eyes♪
というセリフが、
「年末は沖縄に行くんじゃろ?」
と聞こえて仕方ない。

いやぁ~バカンスでっかー。よろしいなぁー。
と茶化していい様なテーマの映画では無いし、こんな風に思ってるのなんてオレくらいなもんだろうと思っていたのだが、miniちゃん曰く。
〝ですよねぇ~(笑)私もそう聞こえたんですよ~(笑)TVで誰かも言ってましたよ!!『あ~同じだぁ~』と思って見てました(笑)〟
という答えが返って来た。

おぉっ!

蒼井優が泣きながら熱演したセリフの〝大和〟が〝やんまと〟になり、その〝んま〟が季節柄〝年末〟の〝んま〟とカブって「年末は沖縄に行くんじゃろー?」と聞こえたのだと思う。関西のTVで誰が言ってたのかについて、もの凄く興味があるのだが、意外に同士は少なくなかったってことだな。

ちょっと嬉しいぞ。
忘年会で大阪の友達に話しても、全っ然賛同を得られなかっただけに。
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2006/01/07(Sat)

年賀状

謹賀新年。本年もよろしく。
年末の帰省以来、まだ実家の方でごやっかいになっている。今週末には東京に戻るつもりなのだが、お正月休みは徳島でゆっくりさせてもらった。そんな訳で、まだ今年届いた年賀状を見ていない。
「出したのにお前から届いてへんがな!」
という方においてはそういう理由なのでご勘弁願いたい。東京に戻り次第送りますので。

去年辺りはeメールで年賀のメッセージを送って来られた方も多かったのだが、今年はそれほどでもなかった。中には携帯でのメールではなく、PCから画像を使っての年賀メールを送って戴いた方もいる。オレはと言えば、今年も写真年賀状を使用した。70枚ほどを外注でお願いし、費用は1万円くらいかかったが、まぁそんなもんだろう。〝年賀状を出さなくなった〟と言う人は確かに増えた。それはそれで、その人の考え方だと思うので否定はしない。

年賀状、つまり時候の挨拶である。ちなみに、年賀状を送る事の優先順位は以下の通りだ。

1.昨年年賀状を戴いた人 (喪中の人は当然来年に継続)
2.今年お世話になった人
3.今年新たに出会った人
4.今年お会いしていないがこれまでお世話になった、または付き合いがある人

紆余曲折もあって、年賀状のやりとりが無くなった人もいるにはいるのだが、基本的な姿勢として年の初めの挨拶くらいは末永く続けて行きたいと思っている。そう言えば年末、友達の一人からこんな事を尋ねられた。
〝写真年賀状等を出す時に、手書きのメッセージは必要か?〟
回答は即答で『必要』とした。
印刷されたハガキのどこかに一言で良いから何かしらのメッセージは入れておきたい。オレはハガキの宛名部分の下に一言書き添える様にしている。せっかく出すのだし、別に膨大な枚数でもない。だからそうする様にしている。

年末にハガキを送って近況を報告する。その意味合いが、かつてとはかなり変わって来た様に思う。
フリーになって今年は三年目だ。毎日決まった所に出社する訳でもないし、決まって誰かと顔を合わせる事も無い。つい希薄になってしまいそうな人との繋がりの中で、しかしフリーの人間が最も大切にしなくてはならないのはこの部分だと思っている。

昨年フリーのカメラマンや独りで仕事をされている方に何人かお会いしたのだが、より〝繋がり〟というものを大切に考えておられる様に見えた。出会いというものを決して蔑ろにしていない。ほんの少し言葉を交わした程度なのに、後日メールを下さったりしたのはやっぱりフリーの方だった。

寂しがりなのももう認める。しかしそれを差し引いても
〝元気にやってますんで~〟
くらいのメッセージを一年に一回伝える事は、それはそれで大事な事なのではないか、と思う。今年も積極的に年賀状を送ったつもりだ。

実は今年、活動拠点を変える事を考えている。つまり引越しだ。
まだあまり公表はしていないし、具体的な事を考えるのはこれからなのだが、東京で直接会った仲間には既に口頭で伝えた。もしかしたらそっちに行くかもしれない、という場所に住んでいる何人かの友人には、今回の年賀状で連絡した。さっそくその事で協力を申し出てくれた友達がいた事は非常にありがたかった。

男友達はいい。離れようが時間が経とうが、別にどおってことない。
しかし女友達だと次に会った時にはもう結婚していて、友達じゃなくなってる場合がある。東京を去る事でもう二度と会えなくなる可能性だって十分に考えられる。そういうヤツが一人いたので、年賀状で伝えておいた。

向こうにしてみりゃ
「あっそ」
くらいにしか思ってないんだろうけど。
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