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    Hirofumi TAKATA

    Author:Hirofumi TAKATA
    スポーツライター。
    現在『週刊ベースボール』『Baseball Clinic』『熱中!野球部』『野球太郎』『ホームラン』等の各雑誌、スポーツ紙『デイリースポーツ』などにおいて、独立リーグ、高校野球を中心に取材、執筆活動を続けている。
    4月2日生まれ。A型。

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2007/01/29(Mon)

6泊7日

水曜の夜にバスで徳島を発ち、着いたのが翌木曜の早朝である。
6泊7日、東京の旅(内車中泊2日)もいよいよ今夜で最後だ。ホテルの乾燥にやられたらしく少し喉の調子がおかしいが、まぁ問題ない。

別にハトバスツアーに参加するでも、ディズニーシーでデートとしゃれこむ訳でもなく、いわゆる〝出張〟である。球春到来までにいろいろやっておかなければならないことがある。己にのしかかるプレッシャーをモチベーションに変えつつ、キャリーバッグ片手に深夜バスに乗り込んだ。

・・・とは言いつつ、実は今回ちょっとケツが重たかったのだ。

深夜バス搭乗への拒否感か、この時期特有の動きの鈍さか・・・。ホテル、チケットの手配もギリギリ(それは、いつもそうっちゃあそうなのだが・・・)で、一応出発の日と決めていた水曜日が来るのが最後までおっくうで仕方なかった。

バスに乗るため家を出た瞬間、気持ちが一変した。
〝やっぱ、男は旅に出んといかん〟
そこに気付くのである。
忘れとった。

どうも自分はサメ的性格らしく、常に泳いでいないと溺れてしまう。その上、水槽の中では狭すぎて泳げないことを忘れていた。外海に出ようとした途端、その心地良さを思い出したのかもしれん・・・。外海はやはり外海で内海よりアクシデントも多いのだが、それらを乗り越えてなんぼ。むしろそれでドタバタやってる方がマシだ。

たった一年しか経ってないのに、暮らしていた頃とはちょっとずつ変化している東京の街を歩きながらモノ思う。

新天地を夢見る男たちの目はとても輝いていて、もう気持ちはとっくに新しい場所にいるのだ、と解った。

社長になった彼とは電話で話しただけで、結局会うことができなかった。今頃ヤツはアフリカの空の下にいる。

初めて訪れた獣王無敵の家の中にはあちらこちらに幸せが転がっていて、とても温かかった。

かつ虎とみわ虎の愛娘、かのっぴが別れの時にくれた言葉、
「遊んでくれてありがとうね!」
になぜか涙腺が緩みかけた。

かつて住んでいた街のすぐそばで真剣に道に迷った。歩いているとどこへ行ってしまうか判らない。

こうして座っていながらも、よその街の友達たちと様々なコンタクトを取ることができる。でも直接会って言わなければならないことや、直接聞かなければならないことがある。

独りの時間はいろいろと考えることも多い。それはそれでとても有意義だった。
あっと言う間の一週間が終わった。

さて、そろそろ帰るとしますか。


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2006/12/20(Wed)

トライアウト!

ものの見事に一睡もできず新宿に着いた。
フルフラットにしてたのに・・・。

久し振りの東京はなかなかの異空間で、電車に乗っただけでなぜかテンションが上がる上がる。
おーSuica使えるぜ!チャージもまだ残ってるし。
今年の春までしょっちゅう見ていたはずの街並みを車窓から眺めながら、すでに訪問者となっている自分を今一度確認する。しばし忘れていた懐かしい感覚が蘇る。

オレ、東京好きかも。

さて、西武ドームでの北信越BCリーグ二次トライアウトだが、冷たい風の中、延々9時間に亘って行われた。四国ILを去って行った懐かしい顔がちらほらと見える。選手たちが荷物を置き、出番を待っていたバックネット裏は、ちょっとした同窓会状態になっていた。埼玉在住のアイランドリーガーも何人か応援に来ていた。こういう気持ちってなんか素敵じゃないか。

.2006.12.19. TRYOUT
打席に入っているのは町田GOGO!(元徳島IS)である

この寒い中、プレーできる場所を得るために一球に賭けている彼らを見ていると、こちらの身も自然と引き締まる。応援に来ていたアイランドリーガーと今回トライアウトを受けた元アイランドリーガーと一緒に電車で帰路に着いた。朝10時から待ち続けて、19時にようやくトライアウトを終えた受験者の彼は、座席に座るなり眠りこけてしまった。お疲れさん。

合否の結果が出るのは22日である。

明けて今日は水道橋、飯田橋、新宿と都内を歩き回っていたのだが、あっと言う間に東京ステイも終わった。これからメシ食って、深夜バスで徳島に戻る。暗闇地獄&無言地獄だ。。。

亀田戦はビデオで観るから結果言うなよ。


※当blogに掲載している写真の無断使用は禁止します

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2006/07/06(Thu)

Back to the Future

〝雨は降るわ、ミサイルは飛ぶは、仕事がつまるわ、で大変ですわ〟
そんなメールも届いた。
天候から、国際情勢から、確かに何やら不穏な空気が漂いっ放しの一日だった。今もほら、王監督が・・・。

そしてオレはと言えば、神戸に行ってきた。
神戸総合運動公園サブグラウンドで行われたサーパス(オリックスバファローズ二軍)と四国アイランドリーグ選抜チームの交流戦取材のためである。神戸なんて、その気になれば一時間ほどで来られる距離なのだ。高松に行くのと変わらないじゃないか。
片道¥5,000-かかるけど。

東京に7年、大阪に7年。その前に暮らしていたのがここ、神戸である。大学時代の4年間をこの街で過ごした。取材終了後、かつては日常の中にあった街並みを走ってみた。何年かごとにこうやってこの街を訪れているのだが、その度もう笑ってしまうくらい懐かしい。完全に記憶からはずれてしまっていた店の看板や、原チャリをカッ飛ばした思い出のコーナーが次々と現れる。あまりの変化に驚かされる部分もあるのだが、それはそれで〝はぁ~あそこがこうなりましたか!〟と感慨無量な気分にさせてくれる。
〝確かここをこっちに行くと・・・そうそう!こうなって・・・〟
大学時代の仲間とこの楽しさを分かち合いたくてしょうがないのだがそういう訳にもいかない。独りで走ってるのが実にもったいない。
おい!『とん平』なくなってたぞっ!

神戸に来たら必ず寄ることにしているラーメン屋でチャーシューメンを食べ、満腹になってからまたR2を四国へ向かって走った。ホントはちょっと買い物なんかもしたかったのだが、さすがに無理だった。

東京を出て、徳島に戻って来て。今オレ、関西からすごい近いところにいるんだよなぁ。
ヒマ見つけてまた絶対来よ!と思った次第である。
しかしあの高速料金、なんとかならんか。

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最近、淡路SAにできた観覧車。一緒に乗る時は覚悟しといてね

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2006/05/22(Mon)

高知、700kmを行く

ここのところ、平日は高校野球モード。週末は四国アイランドリーグモード。
つまり野球漬けってことだ。現役の時より野球に関わってる時間が長い気がする。ま、忙しいってのは良いことだ。

金曜から3泊4日の高知出張に出た。この4日間の走行距離はバクッと見積もって700kmに及ぶ。ウチの娘はほんとよく走ってくれた。

IMG_1953-2.jpg

車から出ようとすれば濡れるし、乗ろうとすればもっと濡れる。19日の豪快な降りっぷりはいかにも高知っぽくて、〝さすがに高知の雨はキツイなー〟と思ったのだが、台風慣れしてるはずのこっちの人もちょっと引いてしまう様な雨だったらしい。アスファルトが軽い浅瀬になっていたほどだ。上は春野球場での取材を終え、遅すぎる昼メシを取った頃に車内から撮影した一枚である。ファミマのお姉さん曰く、
「大雨洪水警報、出てますからねぇ」
だそうた。初日からそんな洗礼である。

20日の朝、高知市から西に130km離れた四万十市に移動した。ピーカンの空の下、何本かの峠道を越すと太平洋が見えた。

IMG_1954-2.jpg

これもこれで高知らしい絵だ。
しかし、まだ5月やぞ。

20日、デーゲーム、21日は雨天中止の代替試合の為、ダブルヘッダーで試合が行なわれた。都合2日間で高知FD-徳島IS戦を3試合観た。ずっとバックネット裏の日陰にいたのだが、それでも少し焼けた様だ。

高知FDはこの2日間、高知市内からバスで2往復して試合に臨んでいる。徳島ISはさすがに宿泊こそしたものの、これから5時間をかけて徳島へ戻る。彼らは試合だけでなく、移動の厳しさとも戦わなければならない。経験した者じゃないと解らない辛さだろう。取材が終わり、こちらも四万十市から高知市へと戻った。時間にして2時間の道のりだったが、彼らに比べれば全然マシである。

晩メシもそこそこにホテルで原稿を書いていたのだが、少し疲れたのでTVを点けた。時計は24時前だというのに神宮ではまだヤクルト-ソフトバンク戦が続いているらしい。日中あれだけ野球ばっか観ていながら、その上少し眠りこけそうになっていながら、深夜の思いがけない生中継に見入ってしまう。こんな意外な時間に〝一発出れば逆転サヨナラ!〟という息詰まる攻防が観られたのは少しラッキーな様に思えた。画面に映る神宮のスタンドには、まばらではあるが最後までゲームを見守ろうとしている観客がいる。遠く離れた高知のホテルで、こんな深夜に同じ試合の同じ瞬間を分け合い、次に投じられる一球に同じ様に緊張していることに妙な連帯感を覚えた。

しかし、ほんまに朝から晩まで野球ばっかやな。
明日からはまた高校野球取材である。

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2006/05/07(Sun)

雨の松山にて

残念ながら今季初の愛媛・松山遠征は雨に見舞われている。
昨日、坊ちゃんスタジアムに着いた途端に結構な粒の雨が降り出した。愛媛MP-徳島ISの試合開始30分前にはかなりの本降りとなり、まもなく中止のアナウンスが流れた。まぁおかげで試合後に予定していた愛媛MP選手のインタビューをじっくりさせてもらえたので、こちらとしてはしてやったりなところもあったのだが、昨夜はそのインタビューを元にさっそく松山のマクドで執筆である。

経験上、GWは絶対どこかで降られる。今回はそれが最後の週末に来た訳だ。雨は日曜の昼になった現在でも松山の街をしっかり濡らし続けている。しかし、今夜のナイターまでには上がって試合は問題なくできるのではないか、という話だ。

実は今夜のスケジュールがまだ決定していない。
連休最後の日の四国ILは15:00から香川・オリーブスタジアムで香川OGと高知FDのデーゲームが予定されている。香川に連絡を取っていないので現在の状況がまだ判らないのだが、この試合は中止になる可能性が高い。

大事なのはその後なのだ。実は香川で行なわれるヨンスポ編集部VSガイナマイツ(香川OG応援団)のソフトボールの試合に参加を要請されている。ナイターだそうだ。ヨンスポ編集スタッフからえらく真剣なオファーが来たと思ったら、どうやら人数が足りていないらしい。

松山から松山道~高松道を抜け、2時間半も走れば決戦の場、牟礼に着くだろうか。その頃、坊ちゃんスタジアムではGW最後を飾る愛媛MP-徳島ISの試合が始まるという訳だ。一回の移動距離が200kmとかである。なんか北海道にでも住んでるような気持ちになってきた。

松山に残ったとしても深夜の松山道~徳島道200kmオーバーを走り抜け、朝までに原稿を上げなければならない。独りでのロングドライブにも大概飽きてきた今日この頃である。

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2006/04/30(Sun)

あばよ!東京

所詮、独りでできる事なんてほんとに大したことない。
嵐の様なスケジュールの中、ただひたすら目の前のやらなければいけない作業をこなすこなす。いよいよ7年間の東京ライフに別れを告げる、その本番である。

今週のスケジュールはタイトだった。月曜の朝、四国ILの昨夜のゲームまでを加味して作った原稿を編集部に送れば、すぐさま東京へ出発である。そんなバタバタの時に限って、両親が京都まで旅行だとかで足が無い。タクシーで大阪行きのバス乗り場まで行き、チケットを買おうとしたら今度はカードが使えない。おまけにATMは一時間後まで開かないときた!しょうがなく一本便を遅らせた。出だしからそんな調子である。

24日 徳島~大阪~東京へ移動
25日 引越し準備
26日 引越し当日、東京~大阪~徳島移動
27日 徳島IS、練習取材
28日 愛媛MP-徳島IS戦取材の為、愛媛へ(翌朝締め切り)

予定が詰まっている。東京の仲間と食事する誘いももらったのだがどうしようもなかった。最後に会いたいヤツもほったらかしだ。

25日は朝からひたすら梱包!梱包!梱包!廃棄!廃棄!廃棄!知ってる人は知っているのだが、ここはマンションの5階であり、悲しいことにエレベーターが無い。ゴミ置き場までの往復の連続は苦行にも似ている。ネットが使えるのは今日まで。今の内に明日の飛行機のチケットも取っておかなければならない。落ち着いたところでBOOK OFFに本を買い取ってもらいに行きたいが車が無い。箱に詰めた本を台車に載せて持って行った。ド平日の火曜の昼間、独りで戦うという事はこういう事なのだ。だんだん東京がアウェーに思えてきた。

深夜3:00まで作業を続けた後、〝3時間だけ寝よう〟と思って4時間半寝てしまった。当然朝からフル稼働している。引越し開始は14:00の予定だったのだが、午前の仕事が早く終わったとかで一時間スタートが繰り上がる。こっちはまだ食器の整理ができていない。一応の形が付いたところで13:00である。先払いだと聞かされてはいたのだが、銀行へ行っている余裕が無かった。銀行へ行ったついでにファミマでフランクフルトを買った。ようやくここでブランチである。

梱包するのはこっちだが、荷物を積み込むのは引越し業者の仕事だ。箱なら持って行ってくれるのかと思ったら、専用のケースに全部詰めてくれ!と言われ、ひたすら梱包!梱包!梱包!で時間が過ぎて行く。
〝いつまで東京にいるのですか?またすぐ帰っちゃうのかしらん?〟
ふいに携帯にメールが届いた。すまん、帰っちゃうんだ。だからその前に・・・その前に、助けに来てくれーッ!

エレベーター無しの5階はさすがに彼らにもキツかったらしい。業者二人の表情が見る見る内に険しくなって行く。これでオレが相武紗季だったなら、ドーナツ渡して笑ってりゃすべてOKなのだろうが、こっちはただのガッシリしたオッサンでしかない。如何ともし難く、見て見ぬふりをするしかない。

3時間かかって荷物を運び出し、今度は単車をトラックに載せにかかった。
「あれ?ガソリン入ってますよねぇ?」
とりあえず、とぼけてみたのだが、
「ガソリンが無い上で運ぶという契約ですので・・・」
とあっさり言われ、泣く泣く近所のGSまで持って行く。
「ガソリン抜いて欲しいんですけど~」
出て来たお姉ちゃんに〝ウソでしょ?〟みたいな顔をされた。別の兄ちゃんによると選択肢は以下の2つらしい。
・ガソリンタンクをはずす。
・タンクの下から管を通し抜く(かなりの時間が必要)
タンクの給油口からポンプで抜くと、引火の危険性があるのでできないんだそうだ。
「自転車屋さんとバイク屋を兼業でやってる店がそこにあるから、そこの大将ならなんかいい方法知ってるかも」
と、いい加減なアドバイスをもらい、とりあえず故香川登志緒大先生のようなそこの大将に頼み込んだ。
「こないだも50ccのガソリン抜いたんだよねぇ・・・」
なんのこたぁない。結局給油口からしょうゆチュルチュルで抜くだけである。でも助かった。香川センセにお礼しまくった。

16時にマンションの管理会社が部屋をチェックし、鍵を渡して部屋を出る段取りだったのだが、単車の件で余計な時間をくってしまった。すでに17時前である。おまけに玄関前とベランダにはまだ粗大ゴミから袋に詰めたゴミまで山の様に詰まれている。管理会社からやって来たのは小さい佐々木健介だった。
「これ、30分やそこらできれいにするの無理ですよねぇ。もう一軒チェックする部屋がありますんで、きれいになったら呼んで下さい。それじゃ」
小健介はさすがに手伝いましょうか?なんて甘いことは言わない。ヤツのOKをもらうまではここから立ち去ることはできない。フライトは19時。18時に出て、なんとか間に合うかどうかというところだ。

本当の苦しみはここからだった。
鬼の様なゴミの山を抱え、1階に下りてはまた5階まで上がる。管理人さんから
「全部一ヶ所に固めてくれてたらいいよ~」
と言ってはもらったのだが、たった独りでの作業である。恐ろしく地道でかつ効率が悪い。しかしこれしか方法が無い。タイムリミットはどんどん近付いている。それでも廃棄物の70%を下ろし、一旦部屋に戻ったところで愕然とした。押入れの中にまだ荷物が残っている!あいつら、積み忘れて行きやがった!チップ払ったのにーッ!!!

すべてのゴミを出し終え、積み忘れた荷物をもう一度取りに来てもらい、部屋の鍵を渡した。ここから先は小健介にお任せする。あばよ板橋、あばよ東京。別れを惜しんでいる暇は無い。18:00発の地下鉄に乗り込んだ。
羽田に着いたのは19時を少し回った頃だった。
「19時の便はもう出ましたね。次は19:25の便になりますが・・・少々お待ち下さい」
ネット特割りでチケットを買っている。しょうがない。買い直さなければならない。
「本来なら買い直して戴かなければならないのですが、今日はこうしてお越し戴きましたので・・・」
VIVA!ANAの地上勤務レディー!あやうくプロポーズしてしまうところだった。

おみやげを買う余裕など無く、当然晩メシを食う暇も無く、ただ機内へと急ぐ。がら空きじゃねーか。機内サービスのドリンクをおかわりしてしまった。

伊丹からバスで梅田へ。21:50発のバスチケットを買い、マクドでハンバーガーを2個買って鳴門行きのバスに乗り込んだ。まともな食事はこれが今日初めてである。鳴門まで2時間の旅は、プライベートな仲間に四国でのアドレス、連絡先をメールで伝えることに終始した。関東の仲間と最後にゆっくり話す暇も無かった。この時期はみんな忙しい。またちょくちょく顔を出そうとは思っているのでお許し戴きたい。
とりあえずしばらくは、『週ベ』の『四国アイランドリーグWatch』とこのblogで会いましょう。

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2006/03/17(Fri)

引越し準備とWBC

追い込まれないと始めないタイプなのだ。
朝、家を出る直前にあわてて荷物をこしらえた。親父の車で最寄のバス停まで送ってもらい、いつもの様に高速バスに乗ってまずは大阪へ向かう。これまでは東京へ〝帰る〟だったのだが、そろそろ東京へちょっと〝行って来る〟になる。4月末の引越し当日まで、東京にいられる日数は本当に限られている。今回の引越しについては「追い込まれるまで・・・」なんて悠長な事も言ってられないのだ。

昨日、東京に戻って来た。
と言っても移動日を含めて6日間しかいられない。またすぐにトンボ返りなのだ。実家で準決勝進出を賭けたWBCの日本-韓国戦をじっくり観ていたかったのだが一日足りとももったいない。泣く泣く東京への移動を決行したのである。しかしスポーツライターたるもの、押さえなければいけないところは押さえておきたい。フライト80分前、プレイボール20分前に伊丹空港搭乗待ち9番ロビーの大画面テレビ前最前列に陣取った。

ところがチャンネルはなぜか、20年くらい前の時代劇だった。一応プレイボール5分前まで我慢した後で、後ろのスーツ姿の男性に
「替えてもいいですか?」
と尋ねた。大体異論なんてある訳無いのだ。あっても交渉してやる。ここにいる搭乗待ちの客全員に多数決を取ってでも、チャンネルをアナハイムのエンゼルスタジアムに替えてやる。彼が大きく頷いてくれたことを全体の総意とし、めでたくチャンネルをWBCに合わせると、場の空気が一気に変わった。

イチローのセンター前にパン!と手を打ち、イ・スンヨプのライトへのファールフライに一瞬頭を抱える。そんな一喜一憂の間に一時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。二回裏、岩村が本塁で憤死したところであわてて機内へと移動した。機内ラジオで実況をやってないか?とチャンネルを合わせてみたが、ニュースしかやってなかった。

羽田に着いたところで搭乗待ちロビーにて再び観戦してやろうと企んでいたのだが、バレてたのかなんなのか、ロビーを通らせてもらえないまま到着口から出された。テレビが無い。仕方なく、電波を受信し易いバス乗り場でラジオを合わせる。さっき見た携帯の速報では7回で0-0だったのに、8回表を終わって・・・れっ・・・0-2!!!
「ウソやん!(@テント)」
叫んでしまった。
一目散にビッグバード屋上のオープンデッキに向かい、まだ雨の落ちて来ない空の下でアメリカから届けられる声を掴まえる。ラジオの実況のみでスポーツの生中継を聞くのも久し振りだが、映像が無い分、テレビよりも数倍緊張する。

9回先頭バッター西岡、意地の一発にまた叫んでしまい、前を歩くカップルに驚かれた。金城が倒れ、松中が四番の底力を見せ、代打新井が空振りに終わる。自分の目線を上にやった方が良いのか、下にやった方が良いのか。一球一球の実況に集中が全て聴覚に行くので、どこを見ているのかよく解らない。多村が打った大ファールはどんな当たりだったのだろうか。本当にあわや?の当たりだったのだろうか。結局映像を観ていないままなので解らないのだが・・・。

「三振ーっ!」
イヤホンから聞こえるアナウンサーの声で日本の敗戦を確認した瞬間、魂はアナハイムから羽田の屋上に戻って来た。今にも降って来そうだったので、さっさと空港内に引っ込んだ。電車の中、無性に眠かった。

実は今日のメキシコ-USA戦は観られないと思っていたのだ。Webの速報で試合状況を追っていたのだが、CSでLIVE中継をやっているのに気付いたのは9回表が終わったところだった。先頭打者、ケングリフィーJr.の三振から後は実に長かった。VIVA!メヒコ!韓国との準決勝は19日の昼だ。

まだ引越しまでには時間がある・・・よな。

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2006/02/22(Wed)

R11ヲ北上セリ

実家にTELを入れた。お母んがエラい声になっている。インフルエンザらしい。検査したらクロだったそうだ。
日曜日からダウンしていてそろそろ快方に向かっているらしいのだが、という事はウィルスの引越し直前じゃないか。
今朝の時点で親父が感染している確率が非常に高く、
「あんた、お父さんに近寄ったらあかんじぇ※」
※ 語尾が「じぇ」とか「じょ」になるのが阿波弁の主たる特徴である。この事実は徳島を出る事で初めて気付かされる。
と言われた。

昨日、カーリング女子の最期を見届けた後、フィギュアスケート女子ショートプログラムの開始までには約19時間あった。その間に大阪へ飛び、そのまま徳島まで戻って来た。ウィルス感染の話を聞いたのは梅田で徳島へ向かうバスに乗る直前である。えらいタイミングで帰って来てしまった。

そんな訳で、昨夜は自宅なのにLAWSON弁当で夕食を済ませた。今回の滞在は短い。その間、何とか難を逃れられる様にと23時には床に着いた。目覚ましのセット時刻は03:00である。起きたらなぜか04:40だったので焦ったのだが、居間のTVが付いていてtorinoだった。これはオレが付けたんだろうか。幸い安藤美姫の登場4人前だった。間に合った。

お母んとは8時からの民放の中継だったのだが、親子揃ってtorinoを観た。親父は安藤美姫の記者会見でのコメントが気に入らなかったらしく、メダルはいらない発言にかなり立腹らしい。ミキティいっぱいいっぱいなんだよ。それくらい解ってやれよ。(これでまた一喧嘩である)お母んは去年の五輪チケット争い辺りから女子フィギュアにずっぽりハマっていて、〝女王〟スルツカヤは磐石だそうだ。
オレ様としては日本代表の3人はもちろん、グルジアの16歳、Elene GEDEVANNISHVILI に頑張って欲しい。現在SP結果6位なので、ぜひともチェックして戴きたい。

香川、屋島のマクドナルドでこれを書いている。
〝レッツ オリンピック!〟動詞が無いが、ま、いいだろう。許す。
海沿いに北上するR11を車でのんびり走って来たのだが、香川には自力で来た事があまり無い。高校時代は毎週の様に試合で来てたのだが、この道を独りで走るのも初めてだと思う。懐かしい記憶が蘇って来た。友達と必死にチャリンコこいで、香川と徳島の県境にあるトンネル目指して走ったのは確か12歳の頃だったと思う。タイヤの空気が無くて帰りがえらいキツかった。車のメーターを見ると、トンネルまでは片道18kmあった。

今週は四国からお届けする。
近くにあった屋島神社をお参りして来た。東照大神こと徳川家康公をお祀りしてあった。門は閉まってたけど。

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屋島神社の階段から町並みを臨む。ちょっとROCKYみたいな気持ちになる。
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2005/12/30(Fri)

出発前

昨日、梅田界隈を彷徨いながら見つけた梅三小路のドトールコーヒーにいる。
VIVA!梅三小路!東京でもお世話になっているのだが、ドトールの無線LANは非常に助かる。昨日もここのおかげで徳島に帰省する前に更新する事ができた。\500払って登録し、寒風吹きすさぶテラス席でネットにアクセスしなくてはならない大阪駅北の某ネットカフェとはえらい違いだ。

都合大阪三日目になる。昨夜、大阪港にある先輩チチビンタ氏のご実家で開かれた忘年会に参加した。18時に始まり、お開きになったのはまたもや早朝の5時だった。もう、ちょっとしたランナーズハイ状態に入りつつある。〝オレはどこまでも走れるんじゃないだろうか?〟と錯覚するアレだ。久し振りに顔を会わせたメンバーでひたすらしゃべりまくっただけなのだが、気が付いた頃には11時間が経過していた事になる。全然眠くなかったが、徳島へのバスに乗るにはまだまだ時間がある。そのまま宴会場で仮眠を取らせて戴き、昼前に目を覚ました。今回お世話になったチチビンタ家の皆様には厚く御礼申し上げたいと思う。
ありがとうございました。またお邪魔させて下さい。よいお年を。

中央線からJR環状線を乗り継ぎ、大阪駅に着いた。この寝不足具合が例年の年末最終モードの記憶を蘇らせる。これで今年もほんまに終わりなんやなァ、と思う。とりあえず大阪での予定はこれでオールオーバー、これより徳島に向かうバスに乗る。

今回会えなかった大阪の友達から携帯にメールが入った。エンヤを聞きながら部屋の大掃除をしてたのだが、ペースが上がらないのでボン・ジョヴィに替えたところらしい。みんなそれぞれ忙しいってとこだな。
それじゃあ、さよならOSAKA。また来年。
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2005/12/29(Thu)

2005 ファイナル 大阪

まずは同士達にお疲れ様を言わなければいけない。
梅田の『月の雫』を出たのが23時過ぎだった。駅へと移動したところで、明日以降、年が明けても仕事が続くというわけっちに別れを告げた。残った三人で京橋に移動し、変則紅白歌合戦がスタートしたのは24時前である。ほとんど休みなく歌合戦は続き、miniちゃんがフィナーレとなった東京事変を歌い終わったのは朝の5:30だった。

おはようございます、OSAKA。
相方の家で三時間ほどの仮眠を取った後、これから東京に出張に出かけると言うヤツと共に、朝の大阪の街へ飛び出した。昨日の東京と同じ、青く晴れ渡った空だけが唯一の救いの様な気がする。再び帰って来た大阪駅でヤツと別れた。
あと一日だぞ。この新幹線往復が終われば正月休みだぞ。頑張ってくれ。

さて、独り流浪の民となったオレは、睡眠不足ですっかり処理能力の遅くなったアタマで次のルートを導き出しながら梅田界隈を彷徨っている。まったく携帯のバッテリーはなくなるし(ヨドバシ梅田で現在充電中)、無料のアクセスポイントは無いし、どうなってんだ!この街はァーッ!あほーッ!
ネットに繋げられる事を期待して飛び込んだ茶屋町のマクドからこれをお送りしているのだが、マクドのクセにここにも無線LANが無い。果たしてこれをアップできるのは一体いつになるんだろうか。

今夜も今夜で大忘年会の予定が入っている。集合場所は大阪港だ。予定時刻は18時である。それまでまだ4時間半も残っている。映画館に入ったところで寝てしまって風邪引きそうだし(っつーか混んでたし)、さっきからカフェをハシゴしている。あぁ、無線LANのあるカフェはどっかこの辺にございませんかねぇ?
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